可視化の試み

■最後に看取るもの

最後に看取る者であろう、と、決めたのは、それは、震災の何年前。 時代の転換点において、あるいは、そのささやかな断章のひとつとしての私的な経路の終焉を、誰もが見向きもしないひそやかな営みを、同時代の者として、最後まで見届けようと決めたのは、い…

■滴

かなしみは、ひとの掌に受けるには、あまりにおおきく、天からの慈雨として、一滴、二滴、と、しずかに地に垂らせばよい。ふかき器もて、そこしれぬ湖となせば。

■脱落

視界をいろどった色彩が脱落する晩秋に、鳥はうたう。 野山の静寂が近いことを、彼らは知っている。 翼をひるがえし、霜の降りる大気を微動させながら、空の、空へ。 テツ、どうしてるの? と問う声に、軽い戸惑いのような響きをにじませながら、彼女は答え…

■視界

その時、あなたに、なにが見えただろうか。 ベッドに横たわる病人の呼吸は、浅く、早く、そして、薄い。 私は、息を同期し、死に行く人と、感覚を一にすることに努めた。 それが、私に与えられた、唯一できることであったから。 さし迫る死の淵は逃れがたく…

 ■既視の

そこは訪ねてみれば、すでに馴染みの場所であったような、そして、見知らぬ場所であるような、こう挨拶すればよかった。 「初めまして、ただいま」 鮮烈に残るのは、出会った人々の、つよい眼差し。 彼女たちは、確かに、選んだのだ。 自分自身にとって、な…

■存在の変容

( 放射能汚染は、人間の存在の有り様を変容させる作用があるのではないかとの直観。 放射能、すなわち、核物理的世界は、日常感覚の延長では理解できない。 日常生活に、これら、日常感覚と断絶したものがもたらされることによって、認識に対しても、これま…

■あの町は

墓地へ納骨へ向かうマイクロバスの中で、親族の会話は途切れなく続く。 高台にある墓地からは、草の生う田圃を走る一本道に濃紺色の機動隊車両が一望できる。 いやに見晴らしがよいことを訝しく思い、一瞬後に、見えなかったはずの太平洋が見渡せる事実を(…

■世界軸

8月の大気は軽く、天に散乱する光は少しばかり薄さを増す。 空を見上げるのに、よい季を迎える。 地に足をつけ、天を見る。 天と地に棹さし、それを柱と為し、世界の中心とする。 それを世界軸と名付けたのは、ルーマニア生まれの宗教学者であったか。 ひと…

■そこから先へは

そこから先へは行ってはいけない。 黒い海が、なにもかも、奪っていってしまったから。 「オレは気にしね。そんなの気になんね。」 そう言う叔父の家は訪れるといつも卓の上に一升瓶か、紙パックの焼酎がおかれていて、重機オペレーターの日焼け顔にほんのり…

■ホタルブクロ

それは、湿度をたっぷりと孕んだ梅雨の終わりの大気とともに、揺らいでいる。 手を差し出して、その山並みを、二の腕で抱きしめることができたなら。 手元の線量計は、デジタル表示の最大値を超え、点滅を繰り返した。 ホタルブクロは、ひそやかな道標のよう…

■現在

そうだ、これが、我々の時代だ。 「我々」という主語を、これほどまでに意識して使うことがあったであろうか。 逃れがたく、私という存在は、社会に結びつけられ、いや、あらかじめ、そのようなものとして存在せざるを得なかった、にも関わらず、そのことを…

■カバン

人通りの少ない住宅地の現場で作業をしていると、通行人が家人の名を呼び、親しげに声をかけてくる。 いぶかしく思いながら、顔を見ると、従兄の奥さんだ。 脇には、お腹の大きな女性、聞けば、娘さんだという。 会うのは、昨年5月、津波で亡くなった親族の…

■フタリシズカ

日ごとに、樹影は緑を濃くし、もうじき、鬱蒼とした梅雨を迎える。 木立の薄暗がりの奥に、ぼんやりと光るものがある。 フタリシズカの、たちのぼる花序。 やさしく絡み合う雄しべと子房が、人の姿に見え、かすかに淫靡さをたたえる。 その訃報をきいたとき…

■リグビダートルの

何年か前に見たドキュメンタリーの話だ。 チェルノブイリの初期消火にあたった消防士の妻を追った映像だった。 その頃、私は「リグビダートル」という言葉も知らなかった。 通常の装備で初期消火にあたった夫は、急性放射線障害で亡くなった。 「線源」とな…

■グラウンドゼロ

言葉が剥落し、あらゆる意味が無化し、剥き出しの現実があらわになる。 グラウンドゼロ。 どのような言葉もそこでは空虚であり、人は黙し、眼差しを交わすことさえない。 耳を澄ましても、底なしの静寂。 どれだけ意味を纏い、言葉を重ねようとも、くりかえ…

■かえして、ほしい。

レンギョウの群生する護岸壁は黄金色に染まり、風が吹くたび、右に揺れ左に揺れ、垂直方向に光が走る。 見上げれば、ほのかな桃色、枝垂れ桜の濃桃色、モミジの黄緑に托葉は紅色、つきぬける空。 山は、息吹に合わせしずかにしずかに鳴動する。 ゆらぐ、ゆら…

■いささか、

萌黄、とはよくいったもの。 ひかりたゆたう季を前に、先陣を切って花ひらくのは、きいろの、フクジュソウの、サンシュユの、ミツマタの、ついで、白色の花々がひらくと、もう、確かに、季節は移ったのだと、なにもかもがまばゆいあの時季がおとずれるのだ、…

■黙祷

魂の平安を。

■波風

なるべく穏やかに、何事もなかったかのように、できるだけ静かに、その日を迎えようと、呼吸をととのえているにもかかわらず、ときおり、心は波立つ。 夕食時、家人が病院の待合室で見たテレビ番組のことを話すものだから、ざわざわとうごくきもちをとめられ…

■レッドゾーン

やさしい目をした彼が、レッドゾーンに人が暮らす事は、考えられない、あの土地は、abandon するしかない、とても、とても、悲しいことだけれど。 と言うので、そんなことは、とうに覚悟していた、わかりきっていたのだけれど、それでも、動揺する気持ちを抑…

■奔流

日々は、淡々と過ぎ、その事だけが、ただひとつの基盤である、そんな気がしていた。 震災後は、毎日泣いていた、と誰かが言うのを聞いた。 私は、その絞り出すような、あるいは、噴き出すような言葉を、深い同情と共に聞いた。 しかし、とある時、それが、私…

■海も地も山も

あの交差点を曲がれば、緑の回廊を抜けて、いつものあの道が、のどかな田園風景が、今はバリケードに阻まれ、と、言葉を失ったのがひとつめ。 奥歯を噛みしめながら直進した道路は、そのまま高架橋となり、海へ真っ直ぐと向かう。 視界の端から端へ水平線が…

■わるいゆめ

悪夢を見た朝は、いつまでも、居心地の悪い感触が抜けきらない。 あれは夢、これは現実、そんな事はわかっている、しかし、いつまでも、そのあわいに漂っている。 不意に現実感が脱落し、宙ぶらりんに吊されているような感覚、悪夢はそれに似ている。 仮置き…

■非可視化

なぜこのようなことを? と、問われ、言葉に窮するのは、それに対する、社会的に適切な回答を、私が持ち合わせないからだ。 夢想好きの、無用者なりの回答は、自分の中に、明確に持っているけれど、それは、誰にも言わない。 いちばん、大切なものは、誰にも…

■したいこと

したいこと、という問いを投げかけられて、ああ、これは鬼門であったな、と気付いたときには、既に時遅く、エアポケットの中に嵌り込んだかのごとく、ただ、問いだけが渦巻いていた。 したいことと、できることは、違う。 今は、できること、をするべきだ。…

■忘れないでほしい

その学校は、今はもう再開はしているのだけれど、生徒がバラバラになってしまっているのだと、聞いていた。 だから、目の前の彼女が、本当はそこの在籍学生なのだ、と聞いたときに、なるほど、と合点がいった。 なぜなら、彼女が警戒区域の人だと、私は知っ…

■さざ波

いつもの犬のおばさんが、いつもの野良仕事の格好で、いつもの背負子を背負って、うちの前を通っていく。 (7年ここに住んでいるが、未だに名前を知らない。雰囲気が、犬に似ているので、「犬のおばさん」と勝手に呼んでいる。) 唐突に顔を上げて、「いや、…

■Lord,have mercy ,what do you gonna do about the people who are prayin' to you?

11月11日に発表になった20km圏内を含んだ、空間線量率マップ。 事故以降、これまでも何度か同じマップは公開されていたはずなのだが、今回、この地図の意味するところを、はじめて理解したような気がして、言葉を失った。 毀損された、欠損した、欠落した、…

■無題

point of no return あるいは、 決定的に損なわれた何か。 言明する事に、どれほどの意味が、と思いつつ、 私の中の何かが、決定的に失われたのだと、自覚した。 現在の精神状態を平常だとは思わない方が良い。 おそらく、どこかで平衡感覚を欠いている。 ど…

■稜線

山頂と呼ぶには平らかで、高原と呼ぶには天に近い。 畳なづく 八重垣 青垣 視界のいちばん深いところ、向こう側に太平洋がある。 上空を海からの風が吹き抜ける。 天に触れることができるその場所に、微かな潮の香りが漂うこともあったかもしれない。 雨と霧…