■フタリシズカ
日ごとに、樹影は緑を濃くし、もうじき、鬱蒼とした梅雨を迎える。
木立の薄暗がりの奥に、ぼんやりと光るものがある。
フタリシズカの、たちのぼる花序。
やさしく絡み合う雄しべと子房が、人の姿に見え、かすかに淫靡さをたたえる。
その訃報をきいたとき、同様のことは、いくらも起き、そして、これからも起きるのだろう、と、ただ起こるべくして起きた、としか思わなかった。
その死は、当たり前の死としてではなく、この社会的事象とわかちがたく結びつけられ、今後も語られ続ける、そのことを、なんと言い表せばよいのかわからない。
ただ、生きて死ぬということ、そのことさえ、なにかに色づけられ、それそのものとして語ることがゆるされなくなった隣人たちの、
もはや、引き返しがたく、怨嗟の記憶は地に留まり、ひそやかに堆積し、我々は、それをなぐさめる術を持たない。
人は、あまりの事態に、狼狽し、忌避し、詰り、謗り、沈黙し、やがて、忘れ去る。
それらすべてが、ひそかに降り積もる。
白い花穂が、絡みながら、ちいさく風に揺れた。
ただ、黙して見る。
もう、5月も終わる。