■あの町は
墓地へ納骨へ向かうマイクロバスの中で、親族の会話は途切れなく続く。
高台にある墓地からは、草の生う田圃を走る一本道に濃紺色の機動隊車両が一望できる。
いやに見晴らしがよいことを訝しく思い、一瞬後に、見えなかったはずの太平洋が見渡せる事実を(何度目かに)思い知らされる。
地と海は交わる、何もかにもを奪い去ったことなど、遙か遠い記憶、あるいは、なかったことであるかのように。
ゆるやかな景に、些か場違いであることを気付かぬかのように、赤色灯は点滅する。
娘は、小高に嫁いだの。
と、隣席に座った、初対面である夫の従姉のひとりが言う。
家を建て替えたばっかりだったのよ。
今はどちらに、と尋ねる前に、今はみんなで新潟にいるわ、と彼女は答える。
そして、重ねるように、もう小高に戻るのは無理だと言っているわね、何事でもないかのように平静な口調でそう言った後、彼女は口を閉ざした。
視線は前の一点を見つめ、こちらに目をやらない。
私は、かける言葉をしばらく探した後、どのような言葉も持ち合わせていないことを理解し、黙ったまま、車窓の外に目を移した。
通行不可能な道を避け、バスは曲がりくねる山道を行く。
木々の葉は色濃く、人影うすい田園風景は、夏の光に照らされていた。
この一年後、ゲートは取り払われた。
あの町はどうなったろう、と、車を走らせれば、ゲートの外側の一年半前の景が、目前に広がる。
山と積み重ねられた瓦礫という名の生活の痕跡にも、草が生う。
倒壊した家屋、うねる道路、流され、放置された自動車。
それでも、そこには、わずかでも人の影がある。
山手にいけば、雑草は色濃く、人影は一層、うすい。
手元の線量計の数値を確認しながら、以前の姿を思い浮かべる。
近くて遠い記憶をたぐり寄せ、現在と重ねようとするが、どうにもうまくいかない。
帰りたい、帰りたくない、どうする。
民家の入口付近に、手書きの看板に記された文字列。
帰りたい、帰りたくない、どうする。
なにかをこらえる代わりに、この言葉を反芻している。
帰りたい、帰りたくない、どうする。