■稜線
山頂と呼ぶには平らかで、高原と呼ぶには天に近い。
畳なづく
八重垣
青垣
視界のいちばん深いところ、向こう側に太平洋がある。
上空を海からの風が吹き抜ける。
天に触れることができるその場所に、微かな潮の香りが漂うこともあったかもしれない。
雨と霧に霞む日には、なだらかな稜線は、まるで海原のようで、静かなる海面は、空の奥の遠いところで、水平線と溶け合う。
丘陵を吹き抜ける風の音。
葉擦れ。
そして、潮騒。
あの日から、地形高度の起伏を示す等高線とはまた別状の等高線がこの山々に被せられることとなった。それらは、明確になにかの存在を示しているのだが、私にはそれを関知することができない。
人は、それを汚染と言い、ここは危険地帯なのだ、と、そのように囁く。
あるいは、それら、電離放射線と呼ばれるものが、やわらかに明滅する光であれば。
尾根はしずかに輝き、浮かび上がる姿は、神さび、神ましますにふさわしく、もし、そうであるならば、人は近寄りがたいものであることを、私も黙して受け容れられるのではないか。
だから、私は、それを、可視化したい、と、願う。
稜線を指で、なぞる。
蛍が飛び交うように、薄明るい光がゆらゆらと揺らぐ山なみを、指で何度もなぞり、指先に光をたくわえる。
可視化されたそのイメージを、繰り返し、反復する。
指先で、
それらを
拭い去る。
拭い、きよめる。
指先に光を集める。
爪の端に、光を灯す。
ほのかな明かりを合わせ、
指先が、熱を帯びる。
それらを
拭い去る。
拭い、きよめる。
けれど、それは、叶わない。
叶わない。