■視界

 その時、あなたに、なにが見えただろうか。
 ベッドに横たわる病人の呼吸は、浅く、早く、そして、薄い。
 私は、息を同期し、死に行く人と、感覚を一にすることに努めた。
 それが、私に与えられた、唯一できることであったから。
 さし迫る死の淵は逃れがたく、ただ、終局へ向かう道筋しか残されない時間の流れは、緩慢で、静寂に満たされていた。
 私は、あの時、あなたと、ほぼ同じものを見、同じものを感じていた。
 病窓の景は、味気なく、四季のうつろいさえ、とおく、ただ、とおく、とおく、とおく。
 切望した、この窓辺に、一羽の鳥でもよい、世界との紐帯が訪れてくれることを。
 しかし、やがて、光をも厭う病人のためにカーテンが閉ざされ、一切の世界は遮断された。
 空白のような時間だけが流れる。
 それを、時間というのだろうか、その先にはなにもない、かわいた、ただ、おわりを待つだけの時間。
 SpO2は、低く安定し、酸素流量3.5L。
 これ以上の流量は、弱りきった肺が保たない。
 心拍数110〜125前後。
 ふとしたきっかけで、150前後まで上昇する。
 血圧は正常。
 眠っていた方がよい。
 目覚めれば、苦しいだけだから。
 それでも、目を開け、なにかを喋ろうとしたあなたの言葉は聞き取れない。
 最後に聞き取れたのは、ありがとう、と、みんな仲良く。
 私に見えたのは、そこまでだ。
 完全に意識喪失したあとのあなたが見ていたものは、私には見えない。
 その部分だけが欠落している。
 あなたが、あの時、見たものは、なんだったのか。
 それには、私自身の時まで、待たねばならない。