2012-01-01から1年間の記事一覧

■最後に看取るもの

最後に看取る者であろう、と、決めたのは、それは、震災の何年前。 時代の転換点において、あるいは、そのささやかな断章のひとつとしての私的な経路の終焉を、誰もが見向きもしないひそやかな営みを、同時代の者として、最後まで見届けようと決めたのは、い…

■エレ、エレ、レマ、サバクダニ

親和した世界を保つために、ひとは神話をもとめ、悲劇はうつくしき物語として完結する。 その陰にある、無数の悲痛な声に耳をそばだてようとするのは、あまりに無謀な試み。 ただ、うつくしさに身を委ねればよい。 物語にならないかなしみは、ひとの身に余る…

■滴

かなしみは、ひとの掌に受けるには、あまりにおおきく、天からの慈雨として、一滴、二滴、と、しずかに地に垂らせばよい。ふかき器もて、そこしれぬ湖となせば。

■脱落

視界をいろどった色彩が脱落する晩秋に、鳥はうたう。 野山の静寂が近いことを、彼らは知っている。 翼をひるがえし、霜の降りる大気を微動させながら、空の、空へ。 テツ、どうしてるの? と問う声に、軽い戸惑いのような響きをにじませながら、彼女は答え…

■視界

その時、あなたに、なにが見えただろうか。 ベッドに横たわる病人の呼吸は、浅く、早く、そして、薄い。 私は、息を同期し、死に行く人と、感覚を一にすることに努めた。 それが、私に与えられた、唯一できることであったから。 さし迫る死の淵は逃れがたく…

 ■既視の

そこは訪ねてみれば、すでに馴染みの場所であったような、そして、見知らぬ場所であるような、こう挨拶すればよかった。 「初めまして、ただいま」 鮮烈に残るのは、出会った人々の、つよい眼差し。 彼女たちは、確かに、選んだのだ。 自分自身にとって、な…

■存在の変容

( 放射能汚染は、人間の存在の有り様を変容させる作用があるのではないかとの直観。 放射能、すなわち、核物理的世界は、日常感覚の延長では理解できない。 日常生活に、これら、日常感覚と断絶したものがもたらされることによって、認識に対しても、これま…

■あの町は

墓地へ納骨へ向かうマイクロバスの中で、親族の会話は途切れなく続く。 高台にある墓地からは、草の生う田圃を走る一本道に濃紺色の機動隊車両が一望できる。 いやに見晴らしがよいことを訝しく思い、一瞬後に、見えなかったはずの太平洋が見渡せる事実を(…

■世界軸

8月の大気は軽く、天に散乱する光は少しばかり薄さを増す。 空を見上げるのに、よい季を迎える。 地に足をつけ、天を見る。 天と地に棹さし、それを柱と為し、世界の中心とする。 それを世界軸と名付けたのは、ルーマニア生まれの宗教学者であったか。 ひと…

■そこから先へは

そこから先へは行ってはいけない。 黒い海が、なにもかも、奪っていってしまったから。 「オレは気にしね。そんなの気になんね。」 そう言う叔父の家は訪れるといつも卓の上に一升瓶か、紙パックの焼酎がおかれていて、重機オペレーターの日焼け顔にほんのり…

■ホタルブクロ

それは、湿度をたっぷりと孕んだ梅雨の終わりの大気とともに、揺らいでいる。 手を差し出して、その山並みを、二の腕で抱きしめることができたなら。 手元の線量計は、デジタル表示の最大値を超え、点滅を繰り返した。 ホタルブクロは、ひそやかな道標のよう…

■現在

そうだ、これが、我々の時代だ。 「我々」という主語を、これほどまでに意識して使うことがあったであろうか。 逃れがたく、私という存在は、社会に結びつけられ、いや、あらかじめ、そのようなものとして存在せざるを得なかった、にも関わらず、そのことを…

■カバン

人通りの少ない住宅地の現場で作業をしていると、通行人が家人の名を呼び、親しげに声をかけてくる。 いぶかしく思いながら、顔を見ると、従兄の奥さんだ。 脇には、お腹の大きな女性、聞けば、娘さんだという。 会うのは、昨年5月、津波で亡くなった親族の…

■フタリシズカ

日ごとに、樹影は緑を濃くし、もうじき、鬱蒼とした梅雨を迎える。 木立の薄暗がりの奥に、ぼんやりと光るものがある。 フタリシズカの、たちのぼる花序。 やさしく絡み合う雄しべと子房が、人の姿に見え、かすかに淫靡さをたたえる。 その訃報をきいたとき…

■リグビダートルの

何年か前に見たドキュメンタリーの話だ。 チェルノブイリの初期消火にあたった消防士の妻を追った映像だった。 その頃、私は「リグビダートル」という言葉も知らなかった。 通常の装備で初期消火にあたった夫は、急性放射線障害で亡くなった。 「線源」とな…

■グラウンドゼロ

言葉が剥落し、あらゆる意味が無化し、剥き出しの現実があらわになる。 グラウンドゼロ。 どのような言葉もそこでは空虚であり、人は黙し、眼差しを交わすことさえない。 耳を澄ましても、底なしの静寂。 どれだけ意味を纏い、言葉を重ねようとも、くりかえ…

■かえして、ほしい。

レンギョウの群生する護岸壁は黄金色に染まり、風が吹くたび、右に揺れ左に揺れ、垂直方向に光が走る。 見上げれば、ほのかな桃色、枝垂れ桜の濃桃色、モミジの黄緑に托葉は紅色、つきぬける空。 山は、息吹に合わせしずかにしずかに鳴動する。 ゆらぐ、ゆら…

■いささか、

萌黄、とはよくいったもの。 ひかりたゆたう季を前に、先陣を切って花ひらくのは、きいろの、フクジュソウの、サンシュユの、ミツマタの、ついで、白色の花々がひらくと、もう、確かに、季節は移ったのだと、なにもかもがまばゆいあの時季がおとずれるのだ、…

■黙祷

魂の平安を。

■波風

なるべく穏やかに、何事もなかったかのように、できるだけ静かに、その日を迎えようと、呼吸をととのえているにもかかわらず、ときおり、心は波立つ。 夕食時、家人が病院の待合室で見たテレビ番組のことを話すものだから、ざわざわとうごくきもちをとめられ…

追想私記

もう何年も前の事になる。 昼下がり、いや、既に日が西へ向かって傾きかけていた時刻だったろう、彼女からの電話がかかってきたのは。 それは、ひどく唐突な電話であったため、私は、困惑を隠せないまま、会話を続けたはずだ。 どのような用件から始まったの…

■レッドゾーン

やさしい目をした彼が、レッドゾーンに人が暮らす事は、考えられない、あの土地は、abandon するしかない、とても、とても、悲しいことだけれど。 と言うので、そんなことは、とうに覚悟していた、わかりきっていたのだけれど、それでも、動揺する気持ちを抑…

■奔流

日々は、淡々と過ぎ、その事だけが、ただひとつの基盤である、そんな気がしていた。 震災後は、毎日泣いていた、と誰かが言うのを聞いた。 私は、その絞り出すような、あるいは、噴き出すような言葉を、深い同情と共に聞いた。 しかし、とある時、それが、私…

■海も地も山も

あの交差点を曲がれば、緑の回廊を抜けて、いつものあの道が、のどかな田園風景が、今はバリケードに阻まれ、と、言葉を失ったのがひとつめ。 奥歯を噛みしめながら直進した道路は、そのまま高架橋となり、海へ真っ直ぐと向かう。 視界の端から端へ水平線が…

■(私的弔辞) 不在宅の冷え切った床の間で、若い住職の読経は、ときおり、学生の応援団の喚声のように聞こえ、たちこめる焼香の煙と不釣り合いに、それでも、皆、粛然とした表情を崩しもせず、法要は続いた。 訃報が届いた日、私は、海辺の町の小学校の教室…

■わるいゆめ

悪夢を見た朝は、いつまでも、居心地の悪い感触が抜けきらない。 あれは夢、これは現実、そんな事はわかっている、しかし、いつまでも、そのあわいに漂っている。 不意に現実感が脱落し、宙ぶらりんに吊されているような感覚、悪夢はそれに似ている。 仮置き…

■非可視化

なぜこのようなことを? と、問われ、言葉に窮するのは、それに対する、社会的に適切な回答を、私が持ち合わせないからだ。 夢想好きの、無用者なりの回答は、自分の中に、明確に持っているけれど、それは、誰にも言わない。 いちばん、大切なものは、誰にも…