2013-01-01から1年間の記事一覧

海の見える住宅は、わずかに傾き、床にビー玉を置けば、どこまでも転がってゆくのだと言う。 風もなくおだやかな日は、波濤も聞こえず、目を上げれば、深く湛えられた青と水平線。 空と海のまじるところ。 少女のさざめきのような会話に加わりながら、同窓会…

天に近い頂から、色に染まるこの季節に、あなた方に人々の声を届けたいと思った。 朽ち果てていく家屋の香りとともに、置き去りにされ放置されたままのあの日のままの景色とともに、刻銘にきざまれたあなた方が引いた境界線の跡とともに。 じきに忘れるから…

あなたが突然いなくなってしまったと言うから、私は、出し忘れた恋文を片手に持ったまま立ち尽くしている。 本当を言うと、恋文は、まだ書いてさえいなくて、いつの日かとびきりのを書いてやろうと、そんなことを思っては密やかな楽しみにしていたというのに…

アナスタシアは、あの時、こう言った。 あなた方の故郷を愛し、故郷に戻りなさい。 除染をして、戻り、そこに住み続けなさい。 その言葉は、会場の日本人、おもに被災地に住む人びとには、おそらく少しばかりの共感と、多くの違和感をもって受け止められたろ…

Life is tough.

仮設住宅での健康状況悪化の兆候が出ているとの報告を聞きながら、ついに来るべきものが来たか、と、2011年夏頃にtwitterで交わしたいくつかの会話を思い起こしていた。 チェルノブイリのデータから考えれば、放射能そのものよりも、生活環境の変化による被…

みっつめの夏

喧騒のうちに、ひとつめの夏が過ぎ、ふたつめの夏が去り、みっつめの夏を迎える。 いまいちど、この一文を思い起こそう。 「戦争の最初の犠牲者は真実だ」って? そうではない、言葉なのだ。 (ペーター・ハントケ『空爆下のユーゴスラビアで』) あるいは、…

からだの内に、水滴がしたたる。 繁茂するみどりが、絡みつく。 身動きができない。 うずくまる。 それがなにを意味するのかは、わかっている。 充分すぎるから。 言葉には、しない。 それも、日がさせば、忘れる。 大丈夫だ。 やがて、日がさす。 明るすぎ…

あの時、我々のうえに降りそそいできたものは、なんだったのだろう。 それらは、物質でもなく、原子番号をもつ元素でもなく、電離放射線でもなく、我々のうちにある、不可視のものとして押しとどめていた、なにものか。 その話を知った直後は、なにもかにも…

JLは、詩の言葉が好きなのだと言った。 サイエンスの言葉は、とても貧しい、と。 この言葉で、きっと憤慨するに違いない何人かの名前と顔を思い浮かべて、私は、吹き出してしまいそうになったのだけれど、JLが、真面目な顔をしているものだから、努めて顔の…

桐の花

ハンドルを握るフロントガラスの向こうに、今にも宙空に飛び立ちそうな、紫色の花が見える。 重力を飾る藤の花とは異なる形状をいぶかしく思い、近づいて、それが桐の花であることに気づいた。 展開した葉を輝かせる深い森のなか、そこには明るく日が差す。 …

辺見庸『もの喰う人びと』の中に、チェルノブイリの立入り禁止区域の民家を訪れ、食卓を共にするエピソードがあったと記憶している。 彼の漢語を多用した文体と相俟って、今にして思えば、戯画的と思えるほどに悲壮感と覚悟に満ちた描写であったが、彼が現地…

春の雨が、絹糸のように、天から降りる夜。 しなやかでやわらかな雨だれは、地をあたため、冬の間にいのちをたくわえた木々はそれに応える。 あえかな芽吹きは、たちまちに色濃い緑に染まる。 水と植物の饗応。 この雨は、ゲートの向こうにも降り注ぐ。 植物…

予期する未来を描けば、呪詛になりそうで、言語化することを躊躇いつつ、つとめて、かすかにみえる希望のことばかり書いてきたが、それも、まちがいであったろうか。 当初から、私には、大枠においては、悲観的な未来しか見えていない。 もし、希望があるな…

深い淵にしずんでしまう心を扱いかねて、あがくような、のたうちまわるような、そんな心象風景をどこかに投げ捨てるために、ただ静かに穏やかに、と祈りの言葉をつぶやくのに、そのたびごとに、だれにも触れられないのだと、思い知らされる。 陽差しはあかる…

冬空に、木々がしずむ日は、(なにかを抱きしめて、)しずかにねむるとよい。 雪雲から、ひとひら、また、ひとひらと、舞い落ちるものが、凍てついた地を飾り、夜が更ければ、また、それも、ねむりにつくから。 いずれ、日が力を増せば、なにもかも、生まれ…