■そこから先へは
そこから先へは行ってはいけない。
黒い海が、なにもかも、奪っていってしまったから。
「オレは気にしね。そんなの気になんね。」
そう言う叔父の家は訪れるといつも卓の上に一升瓶か、紙パックの焼酎がおかれていて、重機オペレーターの日焼け顔にほんのりと赤みが差していた。
計画的避難区域の不在となったはずの自宅、日中、たまたま一時帰宅中に行き会うことができたのだった。
ひとしきり近況報告をしたあと、変わりない調子で、警戒区域内の津波被災地の瓦礫片付けにも行ったのだと話しはじめた。
自宅よりも線量低いのに、防護服着て、バカみたいだ。
手間代はそんなに変わらない。多少上乗せされるくらい。
会社から頼まれるから断るわけにも行かないし、若い連中行かせるわけにもいかない。
片付けている時に、ご遺体もいくつも見つけた。
見つける前にわかる、カラスと匂いで。
きちんとした姿だったのは、数えるほどだった。
淀みなく、そんな話をしたあとに、言ったのだった。
「オレは気にしね。そんなの気になんね。」
この会話が、一年前。
タチアオイの花が明るくひらき、イネ科の草々が穂を揺らす。
八月の野は光を受け、ひとけ薄いしずかな村は、夏を映していた。
そして、二回目の夏。
ながれる時間は、やさしくもなく、おだやかでもなく、ただ淡々と過ぎていたあの頃は、いまだ遠く。
「オレは気にしね。そんなの気になんね。」
そこから先、に、行かねば、ならない。