2020-01-01から1年間の記事一覧

「それ」のある風景

いまだいびつに歪んだ防波堤や欄干の残る場所に、均整の取れたラインの巨大な構造物の姿はおおよそ不釣り合いと呼ぶにふさわしいものだった。あるいは、そこがかつて集落があった場所でなければ、ただ、海岸線に沿って太平洋の水平線とだけが延々と続く場所…

未来の人びとへのICRP Publication146

ICRP Publication 146 発刊によせて ICRP(国際放射線防護委員会)から、Publication146が発刊されました。 ICRP Publica ethos-fukushima.blogspot.com 国際放射線防護委員会(ICRP)という放射線の専門家による国際NGO組織が刊行する出版物Publication が…

成田闘争と「水」問題

隅谷三喜男『成田の空と大地』(岩波書店、1996年)は、成田空港建設にともなう強制土地収用問題をきっかけとして起きた反空港運動と政府との対立から和解へと向かう会議の記録である。若い世代はもはや成田空港闘争を知らない人も多いかもしれない。それま…

ハラスメント構造とトラウマ

ジュディス・L・ハーマン『心的外傷と回復』(みすず書房)の冒頭部は、「歴史は心的外傷をくり返し忘れてきた」という章からはじまる。PTSDという病態は、ベトナム戦争の帰還兵の観察から見出されたという経緯がある。トラウマという概念も、それ以降になる…

アカデミアへの不信

2020/10/16 追追記2017年に出ているこの論文のことをなぜ今になって言い出したのかと思われるかもしれないので、以下に理由も書いておく。確かに、この論文の存在は、1年か2年前から知っていた。ひとつめには、ここ一年ほど必要に迫られて英語読解をする機…

仕事丸投げられ暦戦記

10年めの節目を前に、これまでをいろいろと振り返る機会があって、いままで目の前のことをこなすのに精一杯であらためて振り返ってみるに(とは言いつつ、今もいっぱいいっぱいなのだが)、よくやってきたなぁと思うことが多くある。とりわけ、外国勢との付…

スティーブ&ボニー(23) スティーブとボニーへ 愛を込めて [了]

到着翌日コロンビア川のドライブの時と同じ、砂漠と果樹園と畑がパッチワークされた景色を走り抜けて帰路についた。帰り道に、土埃の漂うなだらかな丘の合間に見えるプラントのような建物を、これもリアクター、これは確か商用リアクター、とスティーブが指…

スティーブ&ボニー (22) ゲニウス・ロキの生まれるところ

次の日の朝は、スティーブとボニーは私が疲れていると気を使って、声をかけないでいてくれたみたいで、遅めに目覚めた。結局、この日まで時差ボケはスッキリとは治らないままで、熟睡感はないままだった。丹羽先生やジャックは、早朝の飛行機で出立したはず…

スティーブ&ボニー (21) 宇宙語で話す

参会者が三々五々に散っていくロビーで、坂東先生を見つけた。もうひとり、日本人の男性も一緒にいる。やはり今回の会議に参加するために日本から来たのだという。この会議は、なんだか学術的な集まりとも思えない、不思議な雰囲気でしたね、と誰からともな…

スティーブ&ボニー (20) 絶望のような希望

発表は終わったものの、あともうひと仕事、パネルディスカッションのパネリストが残っている。パネリストは、私と丹羽先生とアメリカ人のEPA打倒に燃えている研究者に、司会役のアメリカ人が一人。低線量被曝における防護政策に関するパネルディスカッション…

土とともに暮らすこと

飯舘村長泥地区の除染残土を使った農地造成事業にかんして、野菜の栽培実証実験が行われたということが報じられて、局地的な騒ぎになっている。経緯を追っていない方のために簡単に解説をしておく。飯舘村の南側にある長泥地区は、飯舘村内で唯一避難指示が…

脱色された物語のこと

ここのところ、読む本読む本、よい本ばかりにめぐり合っている。これだけすばらしい本があるのだから、自分が書くことなんてないんじゃないかな、と思って読書を楽しんでいた(自分がやらなくても他によい仕事をする人がいるなら、自分はしなくていいや。と…

スティーブ&ボニー (19) 初恋のようなハグ

発表の日の朝は、まだ薄暗い夜明け前に起きた。地下の部屋で、ベッドの上に持ってきた着物と小物を並べる。小さめだけれど、クローゼットに姿見がついていてよかった。これがなければ、ボニーに大きめの鏡を貸してもらうようにおねがいしなくてはならないと…

十周忌

母が亡くなったのは震災から8ヶ月前だったから、今年がちょうど十年目になる。あたりまえのことではあるけれど、その時には、一年も経たないうちに大震災と原発事故が起きるとはついぞ知らず、葬儀のあとの脱力した、一方で、どこかしら高揚したところのある…

スティーブ&ボニー(18) 「恐ろしいのは人間です」

夜闇に沈むハイウェイをヘッドライトとテールライトが流れていく。ときおりライトに照らされて浮かび上がる運転席のボニーの表情は、いつもと変わりない。油断なくしっかりと前方を見据え、ハンドルを握る。光の流れに身を沈ませながら、先ほどのソドムとゴ…

スティーブ&ボニー (17) ソドムとゴモラのケーキ

夕方になり、レセプションの会場に入った。レセプションではだいたいコース料理が出てくるので、おなかいっぱい食べられるはずだが、これまでの料理を考えると、味は期待できないかもしれない。200人程度は入るのだろうか、広い会場にたくさん並べられたクロ…

漁業者に決めさせるな、と、政府が勝手に決めることは違う

コロナ禍ですっかり関心も薄くなってしまったなか、福島第一原発のタンク内に溜められている「水」問題についての「関係者のご意見を伺う会」が第4回まで進められている。政府の言い分では、タンクの敷地は2022年夏が限界であり、規制庁による許認可にかかる…

スティーブ&ボニー (16) 風邪のスープ

ひとしきり話したところで、私の身体の冷えも限界に近づいてきた。折よく、ジャックはこれから打ち合わせがあるのだという。ジャックと別れて、私はボニーを探した。外に出て身体をあたためる甲羅干し作戦も、残念ながら変温動物ではない私にとってはあまり…

スティーブ&ボニー (15) 「オルマニーへのまなざし」

受付をしていなかったことに気づいて、会議室前のスペースに作られたカウンターへ向かった。発表者向けの受付へいくと、「ああ、あなたが! ようこそ!」と係の人たちが笑顔で迎えてくれた。傍らからスティーブが、主催の関係者と思しき人たちに私を紹介する…

スティーブ&ボニー (14)

コンサートが終わり、用意されていたバスに乗り込んで、私たちは帰路についた。空いている席を探していると、見たことのある顔が窓際の席に座っている。クリス・クレメントだ。ICRPの科学秘書官だ。今回、私がここに来ることになった元凶の一人。隣の席が空…

プリーモ・レーヴィ 『改訂完全版 アウシュヴィッツは終わらない

これが人間か『夜と霧』『アンネの日記』に並ぶ古典的名著、『アウシュヴィッツは終わらない』の改訂完全版。強制収容所から生還した著者が、人publications.asahi.com 『休戦』を読み終わって、続けて、同じように自宅の書棚に長く並べてあったままの『これ…

2020/06/09 人生の休日

緊急事態宣言が出て、なんやかんやざわざわしたのだけれど、その影響で、のきなみ用事が吹っ飛んでしまい、4月、5月はいくつかの書類作成以外は、急ぎ片付ける仕事がなくなってしまっていた。社会影響的には、きっと社会活動は止まらない方がよかったのだろ…

(読書メモ)『災害の襲うとき』 住まいを失うこと 2

ラファエルが住まいを失うことによるストレス要因で二番目にあげている「不慣れな環境」について。その冒頭に、先日、私が書いていたのと同じことが書いてあった。家というものの物理的な環境とその適切な機能に対し人間がいかに依存しているかは、その喪失…

スティーブ&ボニー (13) いまはいい友達

あたりが薄暗くなりはじめる頃、歓談していた一同がバラバラとリアクターに向かいはじめた。コンサートがはじまるようだ。銀色に輝くリアクターのアルミニウム管を背景に、仮設のステージが設置され、グランドピアノが置かれている。黒い衣装に身を包んだ男…

リアリティショーとしての復興

リアリティショーに出演していた女性が、SNSでの誹謗中傷を原因として自死をしたのではないかというとても痛ましい事件が起きた。(死因については公表されていないので、推測によるものである。)リアリティショーという言葉は初めて知ったが、一般参加者の…

(読書メモ)『災害の襲うとき』 住まいを失うこと

『災害の襲うとき』のなかでは、一章を「立ち退き・仮住まい・再定着」に費やしている。これが大きなストレス要因になるからだ。住まいから離れる/失うことに関してのストレス要因について、ラファエルは次のようにリスト化している。⒈ 人間の尊厳性の喪失と…

スティーブ&ボニー (12) 砂漠に夕日は落ちる

天井に太いパイプが通る廊下をとおりぬけて、まるで映画で見た宇宙船の操縦室のような部屋に入る。部屋の中央奥には測定器機類にぐるりと囲まれた操縦台のようなデスクがあり、大きな椅子がひとつ置いてある。中央コントロールルームだ。部屋の壁には、びっ…

スティーブ&ボニー (11) 「BUY U.S. SAVINGS BOND」

バスは右折し、昨日は通り過ぎたハンフォード・サイトの入り口のゲートを入った。砕石舗装の道路の両側にコンクリートブロックを二段積んで、白いポールが横に渡してあるだけの簡素なゲート。少し日が陰りはじめた。見渡す限りの地平線に、ずっと向こうにな…

(読書メモ)『災害の襲うとき』 自主独立への欲求を阻むもの

自分が経験したことを、自分の経験よりもはるか以前に書かれた書物を通じて後方視的に振り返ることは、奇妙な経験だ。予言書を破局が訪れたのちの未来から読み直すようなものだ。これからふたたび予言書を書くことがあったとしても、かつての予言書の焼き直…

スティーブ&ボニー (10) キャラバンは砂漠をゆく

家に帰ると、ガレージには先ほどの集会で会ったスティーブの知人がいた。ボニーと話しながら、テントを片付けようとしている。どうやらテントはスティーブの所有物のようだ。Tシャツに半パンのラフな格好をした栗色の短髪の背の高い男性は、スティーブとボニ…