■忘れないでほしい

 その学校は、今はもう再開はしているのだけれど、生徒がバラバラになってしまっているのだと、聞いていた。
 だから、目の前の彼女が、本当はそこの在籍学生なのだ、と聞いたときに、なるほど、と合点がいった。
 なぜなら、彼女が警戒区域の人だと、私は知っていたから。
 けれど、同時に、ひどく不思議な気がしたのだった。
 思い出話を聞きながら、何度も横を通ったあの学校、に、彼女は、普通に通っているはずで、しかし、今、彼女は、少し離れた土地の別の学校に通っている。
 目の前の、彼女は、ごく普通に話し、笑い、スマホをいじっている。

 避難の人に、お金が配られて、そのお金でパチンコに行く人がいる。
 彼らは、今まで、さんざん原発でお金ももらってきたじゃないか。
 と、あたかも、それが人生の大事であるかのように声高に語る人があり、彼女は、黙って、その話を聞いている。
 私が、小さく、ごめんね、と、囁いたら、彼女は、よく聞く話だから、と、悲しそうな顔もせずに言う。
 もし、目の前に鉛があったなら、躊躇なく呑み込んだろう。
 
 (仮払い金が払われたのは、事故後2ヶ月か、3ヶ月近くが経過してからであったと記憶している。
  その間、かれらは、着の身着のまま、捨て置かれた。
  いくばくかの、日を繋ぐに充分とも言えない金銭を手にし、それは失われた生活の代価になるはずもなく、
  その事により、責めを負わされることになると言うのか。
  いったい、それは、どのような正しさなのか。)
 
 彼女は、何事もなかったかのように、「彼」とも、会話する。
 わたしは、遠慮がちに、彼女に発言を促した。
 わたしの思いとは裏腹に、彼女は、はっきりとした口調で述べた。

 警戒区域内に処分場が出来るとか、そういうのは、仕方ないかも知れない。
 だけど、そこに、町があったことは忘れないでほしい。

 わたしには、彼女の半分の強さもない。
 けれど、そこに町があったことは、忘れない。
 そこには、ごく普通の、ありふれた暮らしがあったことを。
 忘れない。
 それだけは、死ぬまで、刻み込む。