■脱落

 視界をいろどった色彩が脱落する晩秋に、鳥はうたう。
 野山の静寂が近いことを、彼らは知っている。
 翼をひるがえし、霜の降りる大気を微動させながら、空の、空へ。


 テツ、どうしてるの? と問う声に、軽い戸惑いのような響きをにじませながら、彼女は答える。
 テツ、うん、東電だよ。

 それは、知ってるよ、東電の何してるの?

 職場は水力とか、今は、変電所。
 もともと、原発には行ってないの。
 だけど、見ていて、気の毒なくらい。責任感じちゃって。

 自分が事故おこしたんじゃないのにね。
 いま、どこにいるの?

 近所にいるよ。
 クビになったらどうしよう、って。
 家、建てて8年なんだ。
 会社のローン使って。
 クビになったら、会社のローン、どうしようって。

 若い人は大丈夫なんじゃないの?

 さあ、どうなんだが。
 そうだと、いんだけど。
 
 奥さんは一緒?

 お嫁さんは、実家の会津にいる。
 雪のない浜に嫁に来れたー、って喜んでたのに、なんだが、またこっち戻ってくることになってー、って言ってるわ。
 一応、賠償請求はね、出そうって言ってるんだけど。
 自分の勤務先だけど、これはこれ、それはそれって。

 うん、これはこれ、それはそれだよ。
 住めない家にローンだけ残るなんて、ひどいもの。

 うん、そうだよね。
 こだなことになるなんて、ほんとに。
 あの家、帰れるのかなぁ。
  
 1年8ヶ月経過し、6度目の一時帰宅の家に、サザンカは咲き誇っているだろう。
 胸のうちで、つぶやく。
 我々のうち、電力の恩恵を受けなかったものだけが、彼らに石を投げよ。