春の雨が、絹糸のように、天から降りる夜。
 しなやかでやわらかな雨だれは、地をあたため、冬の間にいのちをたくわえた木々はそれに応える。
 あえかな芽吹きは、たちまちに色濃い緑に染まる。
 水と植物の饗応。

 この雨は、ゲートの向こうにも降り注ぐ。
 植物の芽吹きとともに、音もなく、なにかが、ひとつ、またひとつと崩れ落ちる。
 自然は繁茂し、人工物は廃れる。
 人の足の踏み入れぬそこは、親しかった記憶を拒絶するかのように、相貌を変えていくであろう。
 われわれは、それを目撃する。

 なんどか繰り返され、これからも繰り返されるであろうラインの変更により、地は引き裂かれた。
 これらが、ひと続きの地であったことを思い出す人さえ、しだいに少なくなるであろう。
 非日常はこうして、日常となる。
 なにもかにも、なにもかにも。

 手を伸ばせば、すぐそこにあったものが、いまは、とおい。
 それでも、まだ指先にかすかに触れるぬくもりを、抱きしめることができるのであれば。
 夢想であるとしても、ぬくもりの記憶を確かにとどめることができるのであれば。