喪明けの桜

長い坂道の両脇に山桜が植えられたのは、震災よりもずっと前のことだ。最初は細い苗木で、幹よりも太い支柱が添えられていた。夏には雑草に埋もれ、そのまま消えてしまうようにも思えた。幾本かは支柱だけを残して消えてしまったようだった。

それでも何度かの夏を乗り越え、やがて、幹は支柱の太さを追い越した。通り過ぎるトラックの荷台の上に枝を伸ばして、花が咲いていることに気付いたのは、震災の前だっただろうか、後だっただろうか。気付けば、毎春、道路の両脇を薄桃色が染め尽くすようになっていた。ほとんど純白にさえ見える花弁に、ガクの紅えんじ色が彩りを添える。光を揺らす桜に埋もれる坂道を上っていく。道は空に上っていく。やがて、そのまま空にのぼりつく。

よく晴れた日の午後、桜の道を通ったときに、ふいに、この桜をいまはもう亡い人と一緒に見上げたことがあった気がした。けれど、夫以外の人とこの道を通った記憶はない。いったいなんだって、自分はそんなことを感じたのだろう。いぶかしく思いながら、記憶の糸をたぐり寄せ、誰を亡くしたのだろうかと何度となく反芻してみた。そうして、わかった。その人は、震災前の自分だった。震災が起きることも、その後に起きることを予期もせず、知ることもなく、桜を見上げていた自分を、自分のいた世界を、私は失った。

そう思った時、頬を涙が伝った。

嗚咽も慟哭もなく、ただ、涙だけが流れた自分に驚き、私ははじめて悼むことができたのかもしれない、と思った。走り続けた震災後の10年間、確かに、私には守りたいものがあった。それは、私にささやかな居場所を与えてくれた、山里の暮らしだった。それまで、どうにも自分の居場所を見つけることができなかった私に、この世界にいてもいいのだと、そう思わせてくれたのは、時代から取り残されたような暮らしを頑固に続ける人びとがいるこの暮らしだった。私は、そこに自分を埋没させることを願った。それが無理であることを知りつつも。そう願った私はもう失われて、もはや、この先戻ることはない。

もっと、あなたを見ていたかった。あなたに触れたかった。あなたに聴きたいことがあった。謝りたいことがあった。もっと見せてあげたいものがあった。伝えたいことがあった。もっともっと、あなたに、私は。

けれど、それらの思いのすべてを埋め尽くして桜は咲く。

行こう。喪が明けた。
桜の坂道を抜けて、その先に広がる荒野へ。
視線をあげて、薄ピンク色の輝きが空を埋め尽くす、その向こうへ。