■磐城太田駅
その駅は、元から、無人駅であった。
だから、今なお、無人である。
そう思って立ち寄った小さな駅舎の前には、軽トラックが一台停まっている。
訝しく思いながら、咎め立てする人もいないホームへ足を踏み入れる。
久しく車輪を載せていないレールは赤錆を積もらせ、ホームには葛が青々と這う。
見渡す線路沿い、ススキとセイタカワダチソウの二重奏。風が吹けば、金と銅の穂が揺れる。光ひかる、光ひかり。
と、反対側のホームから、莫迦に暢気な口笛が聞こえてくる。
音の主を探れば、待合室の中で、一人の老人が作業している。
広さ二、三畳ほどと思われる小さな待合室の回りも、葛は侵蝕の手をゆるめず、次の夏を迎えるまでに、建物そのもの覆ってしまうのではないかと思われた。
どだい、この駅が使われる見込みは立っていないのだ。
トンカントンとカナヅチを打つ音。
調子の良い口笛。
静寂を打ち消すように、少し離れた田でエンジン音を響かせるトラクターの音が交じる。
それは、日常の底が一枚抜けてしまった虚脱感漂う地に残された、
復帰への意思、あるいは、日常への意思。