2020/03/04 君に

あなたのことを親愛の情を込めて「君」と呼ぶことをゆるしてもらえるだろうか。いや、許可をもらう必要はないのかもしれない。これは君に宛てた、けれど決して差し出すことのない手紙なのだから。

君と私がどういう関係であったのかを説明するのは難しい。時には同志であったかもしれない、時には友人であったかもしれない、時には、教え教えられる者であったかもしれない。だが、それらのどの関係もしっくりとこない。もっともぴったり来るのは、戦友、なのかもしれない。君と私は、突然投げ込まれた戦場のなかを遮二無二走った。弾幕をぬって、硝煙たちのぼる前線を、砲弾痕に足を取られながら、埋まる地雷に警戒しながら、この煙幕をぬければきっと少しは視界が開けることを信じて。時に転び、時に匍匐前進しながら、前へ前へと。君と私はいつも行動を共にしていたわけではない。だが、その姿は見えずとも、君が並走していることは知っていた。それがあの頃の私をどれほど支えていたか、君に伝えたことがあったろうか。なかったかもしれない。私はいつも言葉が足りない人間だと叱られる。そして、時に伝えすぎたと後悔する。なにを伝えるべきか、伝えないでおくべきなのか、適切に見極めるのはとても難しい。だからこの手紙も君には出さないで、ここに置いておくことにしようと思う。

君を撃ったのは、正面に待ち構える敵ではなかった。戦場を駆け抜けた君が走る速度を少し緩めた時を測ったかのように、その足を絡め取り、地面に打ち据えたのは、君の銃後に控えていた者だった。その傷がどれほど君を痛めつけるのか、黙って痛みに耐える君の表情を、私はただ想像するしかない。いや、本当は君に尋ねたかったのかも知れない。私たちは本当に同じ戦場にいたのだろうか、と。もしかすると、君と共にいた戦場の記憶は私の夢想だったのではないか。君と私は、最初から違う戦場にいて、違う景色を見ていたのだろうか。そもそも、そこは戦場でさえなかったのか。鼻を突き上げる硝煙も、立ちこめる砂埃も、視界を遮る砲弾も、それらの記憶はいまも濃厚なのに、すべて幻影だったのだろうか。

君に。もし、君がこの手紙に気づくことがあったら、どうか教えて欲しい。そして、もし私たちの、君と私の戦場が私の幻影でなかったのならば、覚えていて欲しい。私はいつまでも君の戦友だ。戦線から脱落しようとも、戦犯の汚名を着せられようとも、私はいつまでも君の戦友でいる。私がこの手紙で伝えたかったのは、それだけだ。