大衆の不満の総和量

昔、『説経節』を読んだ時に、大衆のルサンチマンカタルシス的発露にひどく衝撃を受けた。『説経節』は、大衆芸能のひとつで語りもの文芸とも言われる。現在残っているものは、充分に芸能化し整った形となっているが、それでも、謡曲など作り手側の意図が強く反映された芸能に比べれば、聴衆側の情動が感じられる内容になっている。

その時に、ふと思ったのは、歴史で決して語られることのない大衆の情動のうねりを数値化し、可視化して、歴史的出来事と重ねてみたら、ぴったりとシンクロするのではないか、ということだった。大きな歴史変革の後ろ側には、大衆の不満の総和量が臨界点を超えたという共通項が見えてこないだろうか、などというとりとめのないことを考えていた。もちろんそんなことはできるとは思えないのだが、大衆の不満の度合いを不満指数として指標化して、歴史的事象との関連を調べてみればさぞ面白いだろうというアイデアだけは今もひそかに抱いている。

ホックシールドの『壁の向こうの住人たち』を読みつつ、もしかすると、今現在の社会に起きている出来事は、大衆の不満指数が閾値を超えた現象なのかもしれないと思った。この社会の不満の総和量を経時的に示すことができれば、社会の不安定化の周期性やその外的要因(気候や天災など)といったものとどう関連するのか、とても興味深い結果になるのではないかと思う。だからどうと言うわけではないけれど、思いついたことを忘れないうちに書き留めておく。