引き波
あなたの皮膚はうすく、肌は白く、滑らかだった。
それが、長い病人暮らしからのものであることを知ってから知らずか、人は褒め、自分の手の荒れていることを言った。
少しまぶしそうにその言葉を聞き、あなたは「なにもしていないからね」と返した。
もし、もういちど、ふたたび、その手を掴むことができたならば、決して放さない。
帰ってこないな、無理だべな、あそこは無理だ、帰らねえべ。
向き合うふたりが、まるで独り言のように、半ば頷きあいながら同じ言葉を繰り返すことを、少しばかり訝しく思い、なぜですか?と問うた。
津波で、目の前で、身内が流されちまったのよ。
たまたま体調がわるくて、仕事休んでたんだと。
そしたら、ちょうどそれもたまたま、身内が遊びに来てて。
わがは、庭の木だかなんだか掴んで助かったんだけんちょ、もう一方の手で、身内の手掴んでたの、引き波が強くて堪えきれず、放しちまって、そのまま流されて、それっきりだと。
一週間後くらいだったかな、見つかったのは。
はぁ、泥だのなんだので、探すのも容易でなかったっけ。
忘れられないべね、見たくもねえべ。
その手のなまなましい感触を、その後悔の深さを、やり切れなさを、わたしは知っている気がした。
もし、ふたたび、があるとしたら。
けれど、やはり、引き波は強く、わたしの腕は持ちこたえることができないであろう。
かつて集落があった場所には、草が生い茂り、その脇を、重機が走る。
今日も海も穏やかで、光は明るい。
9月の風は、かろやかに、過ぎてゆく。
あなたの皮膚はうすく、肌は白く、滑らかだった。